ストーリーの暴走

ストーリーの暴走

実は弊社の社名は「Story + Ism」の造語で、「情報に物語を」という思いから名付けました。しかしながら昨今、この「ストーリー性」というものに、危惧を感じているのです。

とにかく最近の広告手法は「拡散」を目的としています。そのためにストーリー性というものは必ず必要となるわけです。

ざっくりとですが、ストーリー性とは以下の3つの要素を兼ね備えている必要があると私たちは考えています。

  • 話題性=新規性、情報の拡散力
  • 拡散の容易性=ひと言で説明できるか
  • 共感力=ターゲットのツボにはまっているか

例をあげるならば、アジアン料理が好きな人が「昨日オープンしたカフェ知ってる? 沖縄産の地鶏とハーブを使ったガイヤーンがすっごく美味しいんだって!」という感じで、誰かに伝染させたくなるか、だと思っています。

私が感じている危惧は、このストーリー性のエスカレートっぷり。最近で言えば宮城県のPR動画、今日のニュースで言えば「政治って意外とHIPHOP」。どちらも硬いイメージを払拭しよう、若い人に受けるよう、と我武者羅に話題作りに余念がないわけですが、多くの人から反感を食らっています。また、一部のYouTuberはさらに過激なコンテンツ作りに走り、モラルハザードを起こしています。結果、悪いイメージでの拡散は成功しているわけですが・・・。

確かに、広告にサプライズは必要ですが、一方で納得感も欠かせません。以下の2つの要素を両輪で噛み合わせる必要があります。

  • 情緒でひきつける(びっくり、面白い、美しい、ほっこり)
  • 納得感で行動させる(なるほど!、いいね!、共感)

キャッチを追い求めるばかり、ターゲットや社会の納得感を置き去りにしていないか。特に最近はただストーリーづくりに専念すればよかった平和なフェーズから、それに加えて炎上対策・クレーム対策も必要なフェーズに移ってきています。私たちも気をつけなければと自戒を込めるわけであります。

3 Comments

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Minorureply
2017年7月22日 at 09:04

はじめまして。

興味のある話題ですが、何をいわんとしているか難しいと感じたのでコメントします。
キーとなる単語がいくつも出てきているのですが、「物語/ストーリー性」やその他のキーワードの関係性に疑問があったので・・・

「物語(ストーリー)」と「ストーリー性」について、
記事中の言葉の定義が、私のそれと違ったように感じましたので、以下は私個人の見解です。
物語(ストーリー)は、伝える側・受け取る側が自らが接する話題(フィクション/ノンフィクション関係なく)を話題として認識しているかです。
ストーリー性は、伝える側・受け取る側が話題の中身につじつまが合うかどうか理解した上での、物語の展開の度合いです。

【①話題性 ②拡散の容易性 ③共感力】
とストーリー性に必要な要素として3点が挙がっています。
私のストーリー性の定義でいうと、上記の要素3点はストーリー性そのものには関係無いものになります。

①話題性②拡散の容易性③共感力とはそもそも何なのかという話にもなってくるのですが・・・
以下、一例です。

1)話題性≒ 誰々が関わっている + 予算規模 + 既存ファンによる期待感 + 内容の奇抜さ + 著名人による評判 +受賞歴 + etc.
2)拡散の容易性≒ 口コミ + Web + マスメデイア + これらによる各個人のリサイクル発信 + etc.
3)共感力≒ 時代性 + テーマと受け手の関係性 + etc.

記事の中では①②③を定義されていますが、
この①②③がさらにどういった要素とリンクし合っているか、を示しただけです。
ストーリー性との関係性になると・・・

私の思考が飛躍しすぎているだけですね。それなら申しわけありません。。

記事に挙げられた広告は、私は気持ちの悪いものだと感じでおります。
ただこの気持ち悪さはどこから来るのか。

ストーリー性は、伝える側と受け取る側がどういう背景かで変わってはくるでしょう。
理解できない物語は、その人自身に価値を生み出さなかっただけです。(難解な小説を読み終えた後と一緒ですね。)
受け取る側に、意図を読み取る背景がなければ内容を理解できません。これは当たり前のことですね。
伝える側が、背景を知らない受け手に敢えて挑戦している。これは少なからずあることです。
ここが問題になりがちですが。伝える側が、テーマに対する理解が無いままアウトプットしている。広告業では起きうることですね。
「テーマに対する理解度がない上で、奇をてらう。」
だから見ていられない気持ち悪さを感じるんでしょうかね。。

自己分析を含めるのと、今回のこの記事が何をいわんとしているかが難しかったのでコメントさせていただきました。

Minorureply
2017年7月22日 at 10:10
– In reply to: Minoru

たびたびすみません。
シャワーに入りながらふと。

私自身が意味する「ストーリー性」は、
物語の”中”での展開の度合いなのですが。
Kinjoさんの意味するストーリー性は、
物語の”外”でのことなのかなぁと・・・
広告のお話ですから、受け手である各個人が物語にどう反応するか、がストーリーの延長としての「ストーリー性」、という意味では
話題性・拡散の容易性・共感力についての流れが私にも理解できました。

コメントを読む方も混乱されるでしょうから、
私のコメントは削除していただいても構いません。

Yoshiharu Kinjoreply
2018年11月5日 at 14:39
– In reply to: Minoru

Minoruさん、お返事が遅くなりました。いつかリプライせねばと思いながらも、今になってしまいました。もちろん、この文章についての「ストーリー性」の定義は、私たちが考えるものです。そしてその定義は人それぞれです。私たちとしても「出会い」「別れ」「発見」「挫折」「逆転」「成功」などストーリー性を構成する要素を考え続けて今に至ります。それで、あくまで、私たちが「ストーリー性」を喋る場合の定義を3つの要素に集約しています。仕事が仕事だけに、広告や情報発信というエリアに偏っていることは否めません。
この記事で言わんとしていることは、ストーリー性の定義はともかくとして(だったら書かなきゃよかったのかな。。)、最近の広告は意外性のあるストーリーを追い求めすぎて、より大切な納得感や社会モラルを見落としちゃいがちだなぁ、という自省を込めた感想です。

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